第一夜(三毛猫) 夜中もとうに過ぎた時刻(一時か二時か)
第二夜(くゎくこう) 一時も二時も過ぎ・・・。
第三夜(狸の子)東の空がぼうと明るくなっている。
第四夜(野ねずみの母子)明方近く
これを総合して考えると、仮に(推定)三毛猫の訪問を二時として、くゎくこうは二時五十分、狸の子は三時四十分、野ねずみの母子は四時半。
トマトの収穫から夏、まだ赤くもならないトマトを考えると六七月か。
☆要するにゴーシュを訪ねた三毛猫、くゎくこう、狸の子、野ねずみの母子は(月の化身)であり、二十日過ぎから六日を考えると、《新月》、月のない漆黒の夜が想定できる。
それから六日目の晩、首尾よく第六交響曲を仕上げたというのは《金環食》の天体ショーである。
白いリボンを胸につけた司会者がはひって来ました。
《他意を吐く(言う)。
教(神仏の教え)は、詞(言葉)の解(悟り)、赦(罪や過ちを許すこと)の雷(神なり)である。》
※白リボンは白道(月の通り道)、胸はBreast→Brass(黄銅)から黄道(太陽の通り道)。白道と黄道が重なったということである。
金環食の条件は、①新月であること ②太陽・月・地球が一列に並ぶこと ③黄道と白道が一致することであり条件を満たしたことになる。
首尾よく第六交響曲を仕上げたのです。ホールでは拍手の音がまだ嵐のやうに鳴って居ます。楽長はポケットへ手をつっ込んで拍手なんかどうでもいゝといふやうにのそのそみんなの間を歩きまはってゐましたが、じつはどうして嬉しさでいっぱいなのでした。
《衆(大ぜいの人たち)は美しく大きな禄(幸い)の光の教(神仏の教え)を極め、死を常としたのです。
魄(たましい)の主は隠れている。しかし覧(よく見ると)冥(死後の世界)は距(隔たっているが)絡(つながっている)。
眺(遠くを見渡す)趣(考え)であり、己(わたくし)の博(大きく広げた)趣(考え)である。
換(入れ替えた)譜(物事を系統的に書き記したもの)は祈りであり、学ぶ記は新しい。》