ゴーシュも口をりんと結んで目を皿のやうにして楽譜を見つめながらもう一心に弾いてゐます。
《講(話)は訣(人と別れること/死)が目(観点)であり、新しい学(研究)を普く兼ねている。
逸(隠れているもの)は新しい談(話)である。》
音楽を専門にやってゐるぼくらがあの金沓鍛冶だの砂糖屋の丁稚なんかのより集まりに負けてしまったらいったいわれわれの面目はどうなるんだ。
《隠れた学(研究)には千(沢山)の問いがある。
字を調べると等(びょうどう)の憶(思い)が呈(外に現れる)質(内容)の記である。》
終りまで普く綿(細く長く続くこと)を黙っている。
☆金沓鍛冶/Shoe Maker→シューマンを暗示
砂糖屋の丁稚/Beet vender→ベートーベンの暗示
「いつでもきみだけとけた靴のひもを引きずってみんなのあとをついてあるくやうなんだ、困るよ、しっかりしてくれないとねえ。」
※楽長(太陽)に叱られるゴーシュ(地球)、とけた靴のひもというのは電光、光速と音速の際で光ってから音が後から来るという現象。
では今日は練習はこゝまで、休んで六時にはかっきりボックスへはいってくれ給え。」
《混ぜて化(形、性質を変えて別のものになる)で聯(並べてつなげ)修(整える)謀(はかりごと)の字は新しく求める》
家といってもそれは町はずれの川ばたにあるこはれた水車小屋で、ゴーシュはそこにたった一人ですんでゐて午前はこやのまはりの小さな畑でトマトの枝をきっtり甘藍の虫をひろったりしてひるすぎになるといつも出て行ってゐたのです。
《化(教え導くこと)を整え詮(明らかになるように)推しはかる。
赦(罪や過ちを許す)照(あまねく光が当たる=平等)也。
逸(かくれたもの)を認(みわける)には語(言葉)が全(全て)衝(重要)である。
将(あるいは)詞(言葉)を換(入れ替えて)覧(見渡し)註(意味を明らかに)推しはかる講(話)である。》
☆水車小屋、地球は水惑星である。