事態に和解的な決着をつけるべきだと、そうおっしゃるんですね?いや、この件はほんとうにそうはいかないのですよ。かといってわたしはあなたに絶望しろという気はさらさらない。とんでもない、絶望だなんて、なぜ、あなたは逮捕された、ただそれだけのことです。
罪のあがないが終わったと、そうおっしゃるんですか?いや、このユダの件はそうはいかないのです。でも決して絶望してはいけません。
※なぜ/warum denn?→vagieren/放浪する
逮捕/verhaftet/義務を負っている
《放浪する、義務があるのはなぜだ!ただそれだけなのだ論点は。》
「あなたは恐らく銀行へいらっしゃりたいでしょうね?」
※銀行/Bank、なぜ銀行なのだろう。
逮捕にたいする銀行、
逮捕(本人の意思に反して強制的にその行動の自由を奪うこと)ということは「本人の遺志により行動の自由を得ること」abkommenではないか。
※abkommen/自由の身になる→Abkommen/生まれ、血統、
BANKを解体してABKNにする手法
「あなたは自由になりたいでしょうね?」以後の会話をつなげると
「自由に?」とKはきき返した。「ぼくは逮捕(行動の自由を奪われる)されたんだ、とばかり思ってましたがね。」
あるいは、銀行/Bank→賭博台/Spiel→Spiegel/鏡
《心理学は天の鏡にうつった地上界の反射像の記述である(八折り班ノート)
つまり「虚構」虚構には束縛がない、すなわち自由である。
「ぼくはたいほされたんだ、とばかり思ってましたがね。」
Kがそうきいたのは一種の反抗心からだった。
※逮捕/verhaftet→(人に)義務を負っている
反抗心/Trotz→Trutz/攻守のために
gewissenはどのように訳されているのだろう。原田訳では省略、中野訳では(一種の)というのがそれに当たるのか?普通なら「良心」である。
《「ぼくは義務を負っているんだとばかり思っていましたがね。」
Kがそうきいたのは良心を攻守するためだった。(まさに攻守という言葉がぴったり、義務に対する憤りと義務に含まれる自然への謙虚な姿勢(人間には定住型と遊牧型があり、それはごく自然発生的なパターンかもしれない。サルトルはユダヤ人の放浪性を利用してこの伝説は作られたのだという見解を表している。)
監督官が立ちあがってからはとくに、ますます自分がここにいるすべtの人々の拘束から自由になっていくのを感じていたからだ。
《立ち挙がって監督官が言ったのは「あなたはおそらく銀行へいらっしゃりたいでしょうね?」つまり「自由になりたいでしょうね」と承認したから、Kは自由になっていくのを感じたのではないか?》
※だからここの「立ちあがる」→aufestandenはstehen/承認するではないか
そしてここは無重力空間。監督官が座っていたのは、むしろ不自然なのであって、立ち挙がってからはみんなが浮遊状態になり、戯れているような気持ちというより光景だから、彼は又繰り返した「どうして銀行へ行くことができるんです、ぼくはたいほされているというのに?」
《だから彼はまた繰り返した、「どうして自由になることができるんです、ぼくは義務を負っているというのに。」
「しかしそれなら逮捕を通知する必要もなかったようですね」とKは言って、さらに近酔った。全員がいまやドア口の狭い空間に集まっていた。それがわたしの義務だった」と監督官は言った。
※逮捕/Verhaftung→Verfalltag/満期日
必要/notwendig→NotreDame/聖母マリア
《逮捕というのは(人生の)満期日、つまり「死」である。
「誕生」というのは母の身体からであり、父は欠くべからざる人(条件)である現世に対し「死」は母(監督官の中の父)が通知の義務を負い、母は言葉の中だけで必要(聖母マリア)と暗示されている。