「もちろん驚きましたとも。しかし非常に驚いたというわけじゃありませんよ」

「非常に驚いたわけじゃない?」と監察官はきいて、小テーブルの中央にロウソクを、そのまわりにほかの品々を並べていった。

※小テーブルはナイトテーブルのコピーみたいなものロウソクをテーブルの中央に置くということは「本当の死」への秒読み段階を意味するのでは。

 

「ひょっとしてぼくの言葉を誤解なさったのかもしれませんがとKは急いで申し立てようとした。

すごくおかしいことなんだけど、つまり「なにをするんですか!ちょっと待って下さいよ、わたしが言いたいのはですね…」

※慌てふためいて「死」を延期するように言いわけするK。

 

「ぼくの言ったのは」と言いかけてKは中断し、椅子はないかとあたりを見回して、「腰をおろしてもかまいませんか?」ときいた。

 

「そういうことは慣例にありません」と監督官は答えた。

 

 そうか、やっぱりここはそういうところなんだ、この時点でKは確認したのである。ここはすでに重力圏を離れてしまったということを。

※腰をおろすことが慣例なのは『重力圏』の中だけのこと。だから監督官の様子、例えば足を組んでいるのだけれど、片腕を椅子の背もたれにかけて浮かび上がらないように押さえつけている。

 二人の監視人はトランクに腰かけて、膝小僧をこすっていたというのもやっぱり押さえつけているのだし、はっきり判るのは

(彼は監督官の机に歩みより手を指し出した。監督官は目をあげ唇を嚙んでさし出されたKの手をみた)とあることである。

 普通、差し出された手を見るとしたら目線は下になる、たとえ自分が椅子に腰かけていても。それが目をあげて手を見るのである。《Kは浮遊してる!》

 

「ぼくはむろん非常に驚いた、しかし人と生まれて三十にもなって、しかもぼくの場合がそうだったように(誰の場合でも)独力でこれまできりぬけてこなかればならなかった者のばあいは天の采配にはもう十分覚悟ができているという意味です。」

※驚く、ふいうち/Uberrasch→Uberirdisch/天上の、この世ならぬ、超自然の

 durchschlagen/突き抜ける、血路を開いて進む(比喩だが、この場合はズバリ)

《ぼくはむろん非常に驚いた、しかし人と生まれて三十にもなって、しかも僕の場合がそうだったように、(誰の場合でも)独力でこれまで切り抜けてこなければならなかった場合(誕生するとはそういうこと)は、天の采配にはもう十分覚悟ができているという意味です。」

 要するに〈生まれたからには死ぬ〉ということ。