独歩作品は文字、言葉の迷宮の魅惑に満ちている。
『忘れえぬ人々』とは自分の過去帳を霊媒に語ってもらう、自分自身の連鎖、存在の分解、終に忘れることのできない自分自身の物語である。
再読するうち大津は幽霊ではないかと思うようになった。そして忘れ人々の一人目はひとりきりで周りに人もいないが二人目の壮漢は、じっと見ている大津と弟の方を見向きもしない。三人目の琵琶僧も、巷の人は一人もこの僧を顧みない、とある。
見えているが見えていない。見る者と見られる者が隔絶されている。
この忘れえぬ人々というのは雨風強い(荒れ模様の天気/lowery world→死者の世界)
大津(out)弁二郎/語り手が、秋山の吾(自我)の連鎖、他の吾(自我の分解)を過去にさかのぼって話すという物語である。
一人目(黒い点)、二人目(黒い体躯の輪郭/二十四五歳)三人目(四角な顔の丈の低い漢子、四十を五ツ六ツを越したらしい年齢)そして最後に書き加えられていたのは亀屋の主人(幅の広い福々しい顔の目尻が下がっている、気難しいが正直、年は六十ばかり)であった。
二年のうちにこの亀屋の主人は亡くなり亡霊の仲間入りをしたということではないか。
「秋山ではなかった」と記す独歩の感慨・・・。
嗚呼所々に住む吾ならぬ他の『吾』達よ。御身は今ま何をなしつゝあるか。(『欺かざるの記』M.27.4.19)