『ヴィンセントの寝室』(1889年)
『寝室』はゴッホが絶対的な安息を意図したと語った作品である。絶対的な休息という言葉には生きて在る業を超えた案束「天上=死」という伏線を感じてしまう。
作品は簡素なベッドと寝具、椅子二脚、壁に掛けられた絵が五枚、鏡と、日常着、帽子、タオル、水いれ、洗面道具など生活における必需品だけのシンプルさでで取り立ててこの作品が何を言おうとしているのか・・・貧しさの中の平凡という印象しか持てないほどであるが、この画を凝視、この作品の中に鑑賞者が入っていくと気づくことが多々浮上し、むしろ(迷宮の絵)といってもさしつかえないほの内的意図が垣間見えてくるのである。
【壁には空の自由と広がりがある】
先ず第一に右奥の壁の線を下ろした一ト床の線を延ばした交点Aを確認するとベットの向こう右端が右の壁より奥に入り込んでいることが分かる。ありえない空間処理である。B点がひだりによるかC点が手前に来るべきである。これらの線がごく自然に描かれているのは椅子や机などの線(縦線)やベットの面にその床の線(横線)が意図的に分割遮断されているからである。
気づきにくいが凝視すると空間設定の異常は明白である。
窓も天井を突き抜けるはずがないという観念から無意識にどこかで窓の上部の線を鑑賞者は引いてしまう。しかし右上にわずかに描かれた天井を示唆する線は窓の上部の一に重なるか、もしくはそれより低いかもしれない。
窓は想像を超えて高所まで延びているかもしれず内側に開くタイプのようである。
鏡はゴッホの側を映しているはずであるが、ほとんど白で塗られていて前面の様子を示唆するものは何も描かれていない。この城に拠って枕やシーツの白が黄ばんでいることに気づかされるのである。
【この部屋は空と大地を暗示している】
『寝室』における部屋の壁は空色(ブルー)、そして床は茶とグリーン、ベットは茶色。寝室という限定された空間でありながら壁に囲まれた内なるものでなく、空と大地の外部(世界、地球、宇宙)のイメージを感じる。
二つの枕は存在の基本である男と女であり、背板によって見えないもの、隠すべきものとして遮蔽されている。
【左右には生と死のドアがある】
この部屋にはなぜか左右にドアがあり、そのドアの中間あたりの横木は遠近法に従えば多少斜めになるはずなのに双方とも並行に描かれているので閉じられた空間というより開かれた印象である。
右のドアは誕生のドアであり左のドアは死を暗示しているように思う。
左のドアは手間に置かれた椅子によって隠されているが、よく見るとそのドアは開きかけている(あるいは閉じかけている)
椅子は死を拒絶するもの、あるいは死への願望を食い止めるものとして意識的に置かれているのではないか。
二つの椅子が画面の中にあることで椅子に対する関心は分散され画面の橋など見ながら見えない死角と化している。
この絵には陰影がない。どこからの光がこの部屋を見せているのか不明である。光源(窓、ドア、室内照明)なのか。それを証明すべき影の形・方向が不明である。
陰が無いことは室内に留まらない心象風景たる所以だと思う。
【この絵には見えない線が引かれている】
窓は内側に開きかけている、つまり外部の圧である。
室内が心象における作家の精神であれば、絶対的な休息であるというこの作品の中に入っていきたいという願望を示唆しているのではないか。
室内はドアのまん中あたりの線、平行に近いことから全体に広角レンズで見たような丸い広がりを帯びた描写になっている。
この作品はゴッホ自身が絵の窓の隙間からゴッホ自身の寝室を覗き見、描く作者と描かれた絵をのぞく自身の眼差しとが見えない線として引かれている。極めて意図的な構図による成立している不思議な絵である。