①ある年の秋、四人のけらを着た百姓たちがやってきた。

②その年の秋(略)土の堅く凍った朝でした。九人のこどもらのなかの、小さな四人が夜の間に見へなくなってゐた。

③秋の末、霜柱のたったつめたい朝、山刀も三本鍬も唐鍬もひとつもなくなっていた。

④秋のとりいれの後、霜の一面に置いた朝納屋のなかの栗が、みんな無くなってゐた。

⑤そして毎年、冬のはじめにはきつと栗餅を貰ひました。

 

 何かが起こるのは堅く凍った朝、霜柱のたつたつめたい朝、霜の一面に置いたあさである。

 凍った/freeze→free(自由な)

 朝/morning→mourn(死を悲しむ・弔う)

 そして秋、秋の末、冬のはじめ→冬至(陰きわまって陽が始まる夜の一番長い日を指しており、冬至はかっての新年である)

 人が昼間しか労働できなかった原始、夜の長さは時間をどこかに盗まれたという疑念を抱いたのではないか。

 

 小さな四人→死人

 山刀、三本鍬、唐鍬は太陽、火。

 栗/hour→時間

 

 すべて二重の風景、それは、すべて不退(の土、あの世)を書いているのではないか。(たとえば『皮トランク』の中に(二人の人)という記述があるのに一人だけです、二人というのは(不退)の暗示だと思う。

 つまり賢治の作品は《あの世》が劇場になっているのではないか。