『狼森と笊森、盗森』
(大いなる神と大いなる空、そして精神』
宗教的な隠喩はないとされるのが一般的な見解である。しかし深く読み込むと必ずしもそうではないことが見えてくる。
例えば「空」の教えである。
この世に存在するものは総て因縁によって存在するようになったものであって、その実態とか本質とかいうものはもともと無いということ。(『法華経』(上)坂本幸男・岩本裕・訳注より/岩波書店)
もちろん全体としての『空』であることは確かであるが、手短に『空』を提示している記号に九がある。
『どんぐりの山猫』一九二一・九・一九→宇宙の空、二重を逸(隠す)・不退の空・自由な空(あの世)
『狼森と笊森、盗森』一九二一、一一→宇宙の空、二重を逸(隠す)、不退の宇宙
『屈折率』一九二一、一、六(宇宙の空二重を逸/隠す)、一(最高の無)など日付に隠したメッセージがある。
一はuni(一つ)、universe(宇宙の暗示)
二十は二重、不退(不退の土/あの世)
三はSun/太陽
四は死
五は吾(わたくし)、六は無、七は死地、八はeight(エイト→永遠)
この作品では「森」は grove / 地球とも考えられるが「地味はどうかな」というセリフから魑魅魍魎(精霊や物の怪)を暗示しているかもしれない・・・。
よく見るとみんな大きな刀もさしてゐたのです。
刀はトウと読んで等(自由)、よく見ないと見えないものは自由。
狼森/オオカミの魍霊→大神の魍霊(精霊や物の怪)
笊森/ザル→the lower 、黄泉の魍霊(精霊や物の怪)
盗森/nuse、精神知性の魍霊(精霊や物の怪)