(第四夜)

 

 野ねずみの母子、青い栗の実を一つぶ前においてちゃんとおじぎをして云ひました。

 (野母子青栗実一前云)はヤ・ボ・シ・ショウ・リツ・ジツ・イツ・ゼン・ウンと読んで、冶、模、詞、照、律、実、逸、全、運。

《冶(練り上げた)模(手本)の詞(言葉)である。

 照(あまねく光が当たる=平等)の律である實(まこと)が逸(隠れている)。

 全て運(巡り合わせ)である。

 

 「すると療るのか。」

 「はい。から中とても血のまはりがよくなって大へんいゝ気持ちですぐ療る方もあればうちへ帰ってから療る方もあります。」

 (リョウ・チュウ・ケツ・タイ・キ・ジ・リョウ・ホウ・リョウ・ホウと読んで、霊、注、訣、他意、記、字、利用、法、霊、法。

 

《霊(死者の魂)を注(書き記す)訣(人との別れ)の他意の記である。

 字(文字)を利用した方(手だて)は霊(死者の魂)の法(神仏の教え)である。

 

「ああよくなったんだ。ありがとうございます。」おっかさんのねずみもいっしょに走ってゐましたが、まもなくゴーシュの前に来てしきりにおじぎをしながら「ありがとうございますありがとうございます」と十ばかり云ひました。

 ゴーシュは何かかあいさうになって

「おい、おまへたちいはパンは食べるのか。」と聞きました。

(走前来十云何食聞)はソウ・ゼン・キ・ジュウ・ウン・カ・ショク・ブンと読んで、双、全、記、自由、運、化、嘱、文。

 

《双(二つ)の全ての記は自由に運(巡らせている)。

 化(教え導くこと)を嘱(委ね任せる)文である。

※(まもなくゴーシュの前に来て)ということは(戻ってきた)ということであり、パンをあたえる/feed、戻る/back。

 feedback(再生)を暗示している。