(第三夜)
そしておしまひまで来たときは今夜もまた東がぼうと明るくなってゐました。
(来今夜東明)はライ・キン・ヤ・トウ・メイと読んで、雷、金、也、等、冥。
《雷/カミナリ→神なり)は金(尊い)也。
等(平等)の冥(死後の世界)である》
(第四夜)
次の晩もゴーシュは夜通しセロを弾いて明方近く思はずつかれて楽器をもったまゝうとうとしてゐますとまた誰か扉をこつこつ叩くものがありまあす。
(次輓夜通弾明方近思楽器誰叩)はジ・バン・ヤ・ツウ、ダン・メイ・ホウ・キン・シ・ガク・キ・スイ・ヒ・コウと読んで、字、番、冶、通、談、冥、放、襟、推、秘、講。
《字を番(組み合わせ)練りあげる。
通(行き来する)談(話)は冥(死後の世界)であり、放(思いのままの)襟(心の中)で詞(言葉)を楽しむ記である。
遂(やり遂げて)秘(人に見せないように隠した)講(話)である。
第一夜(三毛猫)夜中もとうに過ぎた時刻、一時か二時か・・・。
第二夜(くゎっこう)一時も過ぎ二時も過ぎ・・・。
第三夜(狸の子)東の空がぼうと明るくなっている。
第四夜(野ねずみの母子)明方近く。
これを総合して考えると、仮に三毛猫の訪問を二時として→二時五十分→三時四十分→四時半くらいだと想定できる。
ゴーシュの畑からとった半分熟してトマト、まさに二十日過ぎの月である。
三毛猫、くゎっこう、狸の子、野ねずみの母子は時間的に見て《月の化身》であり、二十日過ぎから六日を考えると、新月、月のない漆黒の夜が想定できる。