けれどもこれら新生代沖積世の

 巨大に明るい時間の集積のなかで

 正しくうつされた筈のこれらのことばが

 わづかその一点にも均しい明暗のうちに

  (あるいは修羅の十億年)

 すでにはやくもその組立や質を変じ

 しかもわたくしも印刷者も

 それを変わらないとして感ずることは

 傾向としてはあり得ます

 けだしわれわれがわれわれの感官や

 風景や人物をかんずるやうに

 そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに

 記録や歴史 あるいは地史といふものも

 それのいろいろの論料といつしよに

 (因果の時空的制約のもとに)

 われわれがかんじてゐるのに過ぎません

 おそらくこれから二千年もたつたころは

 それ相当のちがつた地質学が流用され

 相当した証拠もまた次次過去から現出し

 みんなは二千年ぐらゐ前には

 青ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ

 新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層

 きらびやかな氷窒素のあたりから

 すてきな化石を発掘したり

 あるいは白亜紀砂岩の層面に

 透明な人類の巨大な足跡を

 発見するかもしれません

 

 上記の漢字(新生代沖積世巨大明時間集積正筈一点均明暗修羅十億年組立悉変印刷者変感傾向得感官風景人物共通感記録歴史地史論料因果時空的制約過二千年相当地質学流用相当証拠次次過去現出二千年前青無色孔雀居新進大学士気圏上層氷窒素化石発掘白亜紀砂岩層面透明人類巨大足跡発見)を音読みし、もう一つの文章に置き換える。

 

《真の照(あまねく光が当たる=平等)が題(てーま)であり、注(書き記す)責(為すべき仕事)を整える。

 拠(より所)は他意の冥(死後の世界)であり、字を換(入れ替え)修(整えて)晰(明らかにする)と、章(ぶんしょう)が活(動く、生きる)。

 逸(隠して)展(広がる)襟(心の中)の冥(死後の世界)の案(考え)であり、衆・等(人々)の等(平等)に憶(思いを巡らす)念(考え)である。

 祖が律である。

 死地の辺(あたり)の隠(隠れた者)を察(明らかにし)写して片(二つに分けた一方)を換(入れ替える)継(つながり)の講(話)である。

 匿(隠したもの)を看(注意して見て)換(入れ替える)と普く系(つながる)。

 尽(全て)仏の教えに通じ貫かれている。

 字の詞(言葉)には論(見解)が両(二つ)隠れている。

 化(形、性質を変えて別のものにし)、弍(二つ)の句(言葉)を適(当てはめる)。

 省(注意して見て)訳(ある言葉を他の言葉に言い換え)化(教え導く)。

 自(わたくし)には千(沢山)の念(思い)があるが、総て等(平等)である。

 自(わたくし)は悉く学(研究し)縷(連ねて行く)、要は総て等し(平等)である。

 照(あまねく光が当たる=平等)を許(認める)事は慈しみを化(教え導く)故である。

 言(言葉)で推しはかり字を詮(明らかにする)念(考え)は全て照(あまねく光があたり=平等)を夢みる私記である。

 講(反し)を惹きつける拠(より所)の芯(中心)は真の諦(真理)であり、楽(心が和む)死の記を兼ねている。

 常に総てが平(平等)という質(内容)である。

 粗(大まかに)化(形、性質を変えて別のものになること)で釈(意味を明らかにする)。

 撥(調整し)屈(強く)迫り、亜(二番目)の記を査(調べ明らかにする)。

 頑なに総て綿(細く長く続いている)問いである。

 冥(死後の世界)を認める塁(より所)の怙(頼りにするもの)は諦(真理)、即地、積(つみ重ねた)法(神仏の教え)に現れる》