なぜ斯様な場所が我らの感を惹くだろうか。自分は一言にして答えることが出来る。すなわち斯様な町外れの光景は何となく人をして社会というものの縮図でも見るような思いをなさしむるからであろう。言葉を換えて言えば、否かの人にも都会の人にも感興を起さしむるような物語、或は抱腹するような物語が二つ三つ其処らの軒先に隠れていそうに思われるからであろう。更らにその特典を言えば、大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とが此処で落合って、緩かにうずを巻いているようにも思われる(本文より)

※田舎→意中、田舎は意中の日地、愛しい人。

 都会→外界(ガイカイ)/世間の人。

 名残=余波/memory、memoryは記憶、死んだ霊の意も。

 

☆町外れ、つまり冥府のことは誰でも興味を抱く処である。死後は何処へ行き、どんな風になるのだろう。

 愛しい人にも世間の人にも感興を起こさしむるような物語、或は抱腹するような物語が二つ三つ其処らの軒先に隠れていそうに思われからであろう。

 多くの世間の命の霊と愛しい人の命の霊とが此処で落ち合って緩かにいずを巻いているようにも思われる。

 

 見給え、其処に片眼の犬が蹲ている。この犬の通っている限りが即ちこの町外れの領分である。(本文より)

※片眼/the one eye(eyeはアイ→愛)ただ一つの愛。

 犬/dog→God/神、蹲るの字には(尊)がある。

 ただ一つの愛、神がいる、この神の名が通っている限るが即ちこの死の国(冥府、黄泉の国、地獄)のりょうぶんである。