僕の武蔵野の範囲には東京がある。しかしこれは無論省かなくてはならぬ。なぜならば我我は農商務省の官衛が巍峨として聳ていたり、鉄管事件の裁判が有ったりする八百夜街によって昔の面影を想像することが出来ない。それに僕が近ごろ知合いになった独乙婦人の評に、東京は「新しい都」ということが有って、今日の光景では仮令徳川の江戸で有ったにしろ、この標語を適当と考えられる筋もある。斯様なわけで東京は必ず武蔵野から抹殺せねばならぬ。(本文より)

※僕の東京には語り手である東京(Tokyo→Talker)がある。なぜならば官庁が高く聳えていたり汚職裁判などのあるそこからは昔の面影はない。

 新しい都/a new capital、capitalには「死に値する」という意味もある。

 斯様なわけで兎にも角にも語り手としての僕は僕の武蔵野という死の国(冥府、地獄)からは絶対に抹殺しなければならない。なぜならわたしは生きてこれを語り書いているんだから。

 

 しかしその市の尽くる処、すなわち町外れは必ず抹殺してはならぬ。僕が考には武蔵野を描くにはこの町外れを一の題目とせねばならぬと思う。(本文より)

※町外れが・・・渋谷の道玄坂、目黒の行人坂、早稲田の鬼子母神、新宿、白金・・・道玄坂、行人坂、「坂」である。そして自分の子供を食べてしまったことから転じて守り神になったという鬼子母神、新宿、白金。

 町外れを線状に繋いでいく、つまり「へり」である。

 へり→Hell地獄。

 地獄は川とか坂で隔てられた遠いところが地下の国だという。