身内/one'relations、一つ関係、ものがたりである。《身うちには健康がみちあふれている》という一文も挟んでいる。
三年前、三崎町、三里…三族、三親は三つの親しい関係。
水と水とがもつれからまって、揉み合て自ら音を発するのである。何たる人なつかしい音だろう!
__Let us match
This water"pleasant tune
With some old border song,or catch,
That suits summer'moon"
の句の思い出されて、七十二才の翁と少年とが、そこら桜の木陰にでも座っていないだろうかと見廻したくなる。自分はこの流れの両側に点在する農家の者を幸福の人々と思った。むろん、この堤の上を麦藁帽子とステッキ一本で散歩する自分たちをも。(本文より)
☆嗚呼所々に住む吾ならぬ他の『吾』達よ。
御身等は他の『吾』也。(明治二十七年四月十九日)
水は自らに通じるのではないか。七十二歳の翁と少年も自分であっても少しもおかしくはない、自分もしくは身内(連鎖する自分の系譜)がここ冥府では仲良く肩を並べているのかもしれない、両側(父の系譜、母の系譜)に散在する農家(知っている家、先祖)の人たちの幸福を思った。この堤(diek→die)の上を麦藁帽子(straw →strong hearth/激しい心)でステッキ一本(a stick→the stick/辺地、奥地)を散歩する自分達をも。
ちなみに溝と堤は(diek)、この章では溝は三回、堤は七回。死を暗示しているのではないか。
水・溝は、自ら(みず)をも連想させる。