右にゆけば林、左にゆけば坂。君は必ず坂をのぼるだろう。とにかく武蔵野を散歩するのは高い処高い処と撰びたくなるのはなんとかして広い眺望を望むるからで、それでその望みは容易に達せられない。見下ろす様な眺望は決して出来ない。それは始めからあきらめたがいい。(本文より)
※武蔵野は冥府(地獄)であれば、どうしても這い上がろうとする。ここより下を眺め下ろすことはできない。右にゆけば墓、左にゆけば坂。地獄は川と坂で囲まれているらしい。
若し君、何かの必要で道を尋ねたく思わば、畑のまん中に居る農夫にききたまえ。農夫が四十以上の人であったら、大声をあげて尋ねて見たまえ、驚て此方を向き、大声で教えてくれるだろう。若し少女であったら近づいて小声でききたまえ。若し若者であったら、帽を取て慇懃に問いたまえ。鷹揚に教えてくれるだろう。怒ってはならない、これが東京近在の若者の癖であるから。(本文より)
※農夫というのはknow→知っている男
四十以上/forties→fortune/幸運
東京/tokyo→talker/語りて
近在/kinnzai→kin/血族。帽/hat→heart/心
☆吾は同時に農夫たる可し。昔の預言者たる可し。南洋の民たる可し。大なる帝王なる可し。茅屋の少女たる可し。幸運の公子たる可し。此れ形容語に非ず。比喩に非ず。我とは人類なり。(明治二十七類鳴年二月二十七日)
※若し君、何かの必要で道を尋ねたく思わば、畑のまん中に居る知人にききたまえ。知人が幸そうであったなら、大声をあげて尋ねて見たまえ、驚て此方を剥き、大声で教えてくれるだろう。若し不運であったら近づいて小声でききたまえ。若しあなた自身であったら、心を開いて問いたまえ。鷹揚に教えてくれるだろう、怒ってはならない、これが語り手の血族身内のあなた自身の癖であるから。
つまりここに出会う人はみんな誰変わることなく知り合いであり、一族なのだから。という伏線を感じる。