自分は十月二十六日の記に、林の奥に坐して、四顧し、傾聴し、睇視し、黙想すと書いた。(略)この耳を傾けて聞くということがどんなに秋の末から冬にかけての、今の武蔵野の心に適っているだろう。
☆傾聴は敬弔(慎んで敬うこと)が今(忌ま)の武蔵野の心に適っている。
音の羽音、囀る声、風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声、叢の影、林の奥にすだく虫の音。荷車の林を廻り、坂を下り、野路を横ぎる響。蹄で落葉を蹴散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さもなくば夫婦連れで遠乗りに出かけた外国人である。
※騎兵/cavalryman→cave man/穴居人
外国人/foreigman→forerunn/先祖
☆これらの音は穴居人の偵察か、でなければ一組の縁ある先祖か・・・。
たぶん栗が落ちたのだろう、武蔵野には栗樹もずいぶん多いから
※栗/creature・→神の創造物、生き物
林が尽きると野に出る
※林(墓、あるいは地球)が尽きると野(no→無、空、宇宙)に出る。