☆吾、茫々たる天地の間の孤客ならんや。吾とは人類也。嗚、吾とは人類ならずや

 

 独歩の『武蔵野』における視点のあり様は《吾、茫々たる天地の間の孤客ならんや》という中空(宙)にあるのだと思う。

☆人が實際住む世界に二ツあり、その一つは俗人普通の世界。其の他の一つは即ち詩人宗教家の世界なり。

 

 日の光は夏らしく雲の色風の音は秋らしく」に(。)印が振ってある、それを逆さに読んでみると

 くしらきあはとおのぜかろいのもくくしらつなはりかひのひ

  しらきあはとおのせかい  も  しらつな り

  白き泡  遠の世界    も  知らづな り

 

 日付にも(。)印が振ってある

①九月七日には十六、九月十九日には二十八、同二十一日は 二十一という風に考えていくと、十六、二十八、二十一、二十九、二十五、二十六、十五、十八、十九、二十二、二十三、二十四、二十六、二十七、十四、二十二、四十四、十四、二十、十、十六、二十一。

②「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせす」に逆から数字を降っていく。

 

 す/1、せ/2、も/3、ひ/4、ゑ/5、(ゑひもせす)・・・・44/に、45/は、46/ろ、47/い、(イロハニ)

 

③、①を②にあてはめると

 「ふねおつもらこまやのゐうらなえのにえくきふお」となる

④それを再び逆にすると

 「おふ く にのえ らうゐのやまこらむつおねふ」

 「大国    の  えら有為 山子等 睦  ふ」 

 

 子供は薄暗い垣根の陰や竃の火の見える軒先に集まって笑ったり歌ったり泣いたりしている、これは何処の田舎も同じことであるが、ぼくは荒涼たる阿蘇の草原から駆け下りて突然、この人寰に投じた時ほど、これらの光景に搏たれたことはない。