☆「死」を思へ。「死」を窮めよ、「死」を見よ。(明治二十八年七月二十五日)

☆吾大企画あり。嗚呼われに大企画あるなり(明治二十八年十一月二十五日)

 

『武蔵野』は武蔵野の情景を描くことにより武蔵野で死んでいった人々の魂、過去の死者たちの世界(霊界)を複合的にに展開することを意図企画しているのではないかと思う。自然描写というより独歩の空想の図式であり、「宇宙はホールなり」という武蔵野大空間の入口である。

 

☆無窮の時間に過去あらん、将来あらん、只だ今あるのみ(明治二十六年九月十七日)

☆「時」はイリュジョンに過ぎず、人間は全體なる宇宙の神のみ宮なり(明治二十七年七月二十四日)

☆人生は「今」なり、吾とは今のことなり、吾茲に立つ、今立つ、人間の存在とは今也(明治二十六年九月十七日)

 

 時間の非手とも思える見解を読むと、今とは過去、未来をすべて凝縮したような空間の想定、と思えてくるのである。

 

     (二)

 自分は二十九年の秋の初から春の初迄、渋谷村の小さな茅屋に住んでいた。自分がかの望を起したのもその時の事、又た秋から冬の事のみをを今書くというのもそのわけである。

 

 渋谷村は「国木田独歩全集第七巻」解題・塩田良平氏によると現在の松濤あたりらしい。つまり渋谷であり、東京である。独歩の武蔵野=入間郡小手指原久米川は現在の埼玉県である。

 明治二十九年九月十九日「三百年の後の人の為めに書す」

 

☆「時」!是れ實に不思議の幻なり。「昨日」は千年の昔と同じ。(明治二十七年七月十日)

☆過去現在未来!嗚呼不思議なるは時哉。人は「時」の海に浮沈す。此の海や底もなく際涯もなし。「時」はイリュージョンに過ぎず。(同二十四日)

 

 日記を読むと『武蔵野』の構想が見えてくる。つまり場所(空間)も時代(時間)も現実を借りた独歩の幻想世界なのだと。そしてそれは現実であっても何変ろうかという二重構造、あるいは未来の人の看破を想定、三重構造という設定である。

 

 (・)や(。)の傍点、ちなみに・印を並べると

「林影、木葉火の如くかがやく、月、霧、野、林、四顧、傾聴、睇視、黙想、風吹く野、富士、連山、一路人影なし、風声、稲田、遠山、霧、水流、時雨、富士山真白に、雪」

 これをじっと見ていると次のような韻文が浮上する。

 

 りえきひご かつきのはしけ てもかうや ふれいしかいとう むすうしにゆき

《利益庇護  勝つ気の艀   手向かうや 振るい死し快刀  無数死に逝き》

 

 これは正しく源平の小手指原久米川の合戦の様子を読んだものと思う。

 独歩が日記で【謎語】と記したトリックは溢れる語彙を駆使したもう一つの意味の内包だったと解する。此の合戦では数千人の死者が出たという。夏の短夜、明けるのを待って舟を出し、相手方を襲った地、記録にもある。