『パリの空気50㏄』

 レディ・メイド:ガラス製アンプル、高さ13.5㎝、円周20.5㎝

 

 このアンプルの中にパリの空気が50㏄入っているという。

 ガラス製アンプルを見て是非を応えることは困難である、見えないものを判定する、しかも開封しても現今周囲の空気に即混合してしまう(空気)という性質に真偽を問うことは不可能である。

 

 しかし、この見えないものの実態に対し、(パリの空気50㏄)であるとタイトルすることで納得を促す。

 解明のカギは何だろう。見えないものを名づけ断定する《言葉》にある。

 鑑賞者は否定する根拠を持たないので肯くしかないが、疑惑は残る。

 

 タイトル(言葉、メッセージ)には物理的根拠がないが、呈示物と呼応する根拠が前提条件である。

 根拠なき断定に対する不信、疑惑が潜在する作品は鑑賞者の心理を惑わせる。

 見えている、与えられている条件に抗う権利も義務もない通りすがり(鑑賞者)は明白な決定権を持たない。

 

 この曖昧さを肯定する世間の認識はまかり通り、通念として定着する。

 蔓延している見えないことの質疑は世間に開放されているが、封じ込められてもいる。

 明確な断定は分子レベルにまで至らないと判明しないことも多々あるのではないか。

 《安易な肯定》に対するデュシャンの静かなる反逆は多くを語らない。

 

 写真は『DUCHAMP』TASCHENより