糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな

 

 糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな(糸瓜咲痰詰仏哉)はシ・カ・ショウ・タン・キツ・ブツ・サイと読んで、死、可、傷、歎、吃、物、済。

☆死を可(良いと認める)。

 傷(悲しみ)歎(嘆くこと)を吃(身に受ける)。

 物(死ぬこと)は済(救い)である。

 

 糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな(糸瓜咲痰詰仏哉)はシ・カ・ショウ・タン・キツ・ブツ・サイと読んで、私、過、象、誕、吉、打つ、哉。

☆私は過(通りすがり)の象(すがた)である。

 誕(生まれたこと)は吉(愛でたい)と打つ(大いに語る)哉。

 

 糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな(糸瓜咲痰詰仏哉)はシ・カ・ショウ・タン・キツ・ブツ・サイと読んで、恣、歌、章、譚、詰、打つ、再。

☆恣(ほしいままに)歌の章に譚(話)を詰めこみ打つ(大いに語る)、再(繰り返し)。