無事定年退職し、タガが外れた彼女。

「わたし、恋というものをしてみたかったわ」と呟いた。

 夫君は温厚な高校教師、小学校教諭の彼女との間に子供は居なかった。

 

「お姑さんは厳しい人で、私は自殺を考えたこともあったわ」「本当よ、夜の砂浜を行ったり来たり彷徨って…思いとどまって…家に帰り玄関を開けたら夫はそぉっと10㎝ばかり襖を開けて…それきり」

 

「お姑さんが入院したことがあったの、そのとき持って行ったのが菊の花。投げつけられたわ。別に何にも考えたわけじゃなくて、ただ菊の花がきれいだったから、それだけなのに」「・・・」

 

 彼女はわたしに「これ読みなさいよ」と葛原妙子の文庫本を差し出した人。

 細やかな日常の中の些事、ほんの少しの行き違いが大きな亀裂を生む。

 

「あんな不細工な嫁、何処で見つけたんだ」と言ったと聞く、わたしの姑の言葉である。