『階段を下りる裸体』
階段を下りる時の連続する動向、空間移動の流れは空間と時間の接合であり亀裂である。重力あるものの移動にはエネルギーが生じる、徒労に過ぎないエネルギーの放出こそ《生》の証でもある。
裸体・・・何の保証もない。仕事、身分の制約からの解放。
しかし、ただ一つ(男女の差異)の証は消しようがなく、裸体という総てを取り払ったのちの身体は異なる物質に変換することでその証の問題は浮上する。
消えて無くなるのである、つまり生物のみに与えられた♂♀の差異がほかの物質に於いては問題にならない。
デュシャンは肉体を♂♀の差異からの解放を求めたのではないか。
写真は『DUCHAM』TASCHENより