『現実の感覚』

 

 現実の感覚・・・現実の視野でなく、感覚の中では現実である。

 空中に浮く巨岩石自体がすでに現実ではなく仮想にほかならない。

 これを『現実の感覚』とタイトルする。正に心象風景であるこの画こそが現実の感覚だと言っているようである。

 

 現実の感覚としては《いつか落下を余儀なくされる巨岩石》は恐怖そのものである。止まり続けることは有り得ず、直ぐにも落下することは直感でもある、現実の感覚としては。

 

 大いなる不安・恐怖が頭上高く浮遊している、計り知れないほどの重量、硬質である岩石の落下は破損、崩壊を予測させる。

 落ちない岩があるか?

 ちなみに、26日の月の南中はあるが見えない。

 

 画は瞬時を切り取る手法であり時間を止めて岩石を画の中に留めるが、現実は100%(完全に)落下することを予感する。

 画の裏切り、あたかも絶対に有り得ない状況を描くことで(そうなのだという肯定)で、鑑賞者の目を眩ませる。

 

 この画が現実の感覚なのではないと覚るまでの差異、現実の感覚を確信することが、現実の感覚なのである。

 想念は現実の感覚を大きく揺らす。

 落下を当然とする岩石をずっとこのまま永久に在るような錯覚で惑わす画、この感覚も又『現実の感覚』に他ならない。

 

 写真は『Rene Magritte』カタログより