かつてわたしは本籍の欄に《山梨県西八代郡市川大門…》と書いていた。

 父の故郷である、そこから従兄のA兄が就職のため横浜に出てきた。横須賀に住む叔父に挨拶に来てくれたA兄は15才、未だ少年である。

 幼い妹と私を映画館へ連れていってくれた。

 放映中のA兄の横顔を見ると涙を拭っている。『蟻の町のマリア』という町の浮浪児たちを助けて働き、やがて病いに伏してしまうというお金持ちのお嬢さんの悲話だったけれど、おいおい泣くA兄に感動してしまったわたし・・・。

 

 切ない気持ちで映画館を出ると今度は食堂の前で「何でも好きなものを注文していいよ」と言われ、暫く考えてやっと小さな声で「玉子丼」と。

 美味しいもの(高価なもの)は沢山あったけど、そのときの(玉子丼)だけは忘れられない。

 

 律儀に叔父である父を訊ねてくれたA兄、その後20才で横浜の郊外に家を建てたと聞いた。真面目で倹しいA兄とは伯母(A兄の母親)の葬儀で50年ぶりに会ったきり。

 70年経った今でも15才の少年がご馳走してくれた玉子丼を思い出してるわたし。