『彼は語らない』
彼が誰だかは不明であり任意の彼である。
石膏の面である男は中空に浮いている(存在しているが存在していないという心理的な彼の面は目も口も閉じているが、唇に差した赤(生)は語らないが語るという矛盾をはらんで画面を構成している。
デスマスクのような面の背後には前(彼)を凝視する眼差しの女性の顔が円い板を挟んで描かれている。彼の胸裏に消せない肖は円い板によって隔絶されている、時空が異なるという風である。
灰色の面に規則的な点は、時空の鉄則を思わせる点描である。決して超えられない壁、現世と冥府の無窮かつ計測不能な隔たり。
円い板を貫き、彼の前で曲げられたパイプの先。ストップ、これより先を拒否するパイプは決別であり交わることのない絶対を示唆している。
背後の女性は《母の幻影》ではないか。
語らない、漏れることのない秘密を抱えた彼の面(デスマスク)は亡き母の領域を願望しているが侵入不可の絶対が立ちはだかる。切ない(母恋)は眼差しを交わすこともない冷酷な切断によって近づく願望は遮断されている。
この絶望を彼は語らない、語ることは許されない現世と冥府の絶対の隔たり。諦念を承服する図である。
写真は『Rene マグリット』カタログより