確かに窓外(?)は嵐であり陽は射していない。しかしここビルボケ(人を模した人の質感を離れたもの)のいる場所には影がある左前方からの光、光源は定かでないが柔らかく、そして室内を模している。部品めいた手は赤い鳥(鳩?)を抑え込んでいる。ノアが放った鳩を暗喩しているのではないか。即、産めよ増やせよにつながる鳩の接点である。(くちばしのオリブの若葉が地の水がかれたことを知らせたという/創世記)

 故に生命の誕生すべき条件がここには無いという証である。

 要するにビルボケの立つ場所は空想の地(室内、時空)であり、現実とは隔絶の冥府(死地)だという設えである。

 仮想(冥府)は現世に続いているが隔絶した時空であり、美しく穢れなき無風(平和)を仮定している。

 

 マグリットの作品の根底には常に仮想の冥府が現世と表裏一体であるという独自の条件が潜んでいる。この二重の風景への畏敬を外しては作品の真意は見えてこない。誰も触れてはならないというマグリットの強い願望を踏まえたうえで触れれば血の出るような痛みを以て作品を鑑賞していきたい。

 

 テーブルの脚、ビルボケの立脚、無風であるのに揺れている、直立を疑う微妙な傾斜があるのは壊れそうな不安と畏怖によるものではないか。わたくし(マグリット)の世界観は個人を超えて見るべき普遍性があるという主張でもある。

 

 写真は『Rene Magritte』カタログより