
『線路沿いの家』
視線は線路沿いの少し下にある。家は仰ぐような角度で描かれている。明々白々の建屋であるが敷地面積や庭の様子は不明である。しかし、この建築物に不審はなく日当たりのいい立地であり怪しい箇所は探せない。
『線路沿いの家』である。
当然、汽車あるいは電車が通過する。その瞬間、この家は消失、見えなくなる。たしかに存在するが、確かに視界から消えてしまう。
この絵には確かに行き来する《電車》が描いてないのに見えてくるのである。
作家は存在の有無を考える。存在とは何か、と。存在は存在によって隠され、存在するが、非存在となる。
見えたり見えなくなったりする真実。見えることの不確実性は精神に大きく影響するが、物理的観点からは現象としての事実だけが残存する。
『線路沿いの家』は視覚を問う根拠である。
写真は『HOPPER』(岩波 世界の巨匠より)