『夜会服』

 三日月が南中している、もちろん太陽は西にあるが、ほの明るい時間帯である。ゆえに『夜会服』ということだけれども、彼女は裸身であり、概念にある夜会服は着衣していない。

 これをもって『夜会服』という根拠は何か。
 無いものに対して有るという、有るとすれば《夜の時空》そのものが彼女の夜会服だということになる。裸身の皮膚を覆うものは夜の闇、見えない空気しかない。

《彼女は夜会服を着ている》と言い、《彼女は夜会服を着ていない》と描く。明らかな矛盾である。しかし、夜会服の解釈を《夜》という抽象に置換すれば、肯けないこともない。
 夜の薄闇に包まれる、包まれるという表現は確かにある。

 マグリットは嘘をついているのだろうか、明らかな嘘を鑑賞者の眼前に置く。
嘘だと進言することが正しいのか、存在論的な喝破を真とするのか。答えは『裸身』を描いて『夜会服』とタイトルした時点で出ている。
 提議である、問いに答えよという表裏の隙間に答えはある。鑑賞者の眼差しへの問いであり、視ることの審議を提案している。


 写真は『マグリット』展・図録より