『巡礼者』

 信仰のために聖地を回る人・・・着衣から顔面が外れている。
 これはどういうことだろう。物質と精神の離脱、何も持たず、捨てるという意味だろうか。穏やかな表情、不足なく満たされている生活者の顔である。
 バックは薄青紫のベタ、時空を問わない不変の清浄さ。『観念』の渋いオレンジ(暖)と『巡礼者』の淡いブルー(冷)に潜むものは何だろう。

 冷静さは強い信念によるものかもしれない。
『観念』では顔がリンゴになっていたものが『巡礼者』ではリアルであることの差異。顔、つまり人間の顔である。
 人であることの儀礼を備える根拠は信仰にあり、敬虔な信徒である男の平穏に結びついている。

 ならば、なぜ切り離す必要があったのだろう。着衣(生活・地位)との離脱。神を崇拝し、近づくための聖地巡礼。願望だろうか、義務化はないか。迷いなく巡ることの喜悦、しかし、男の眼差しは微妙にずれていて、信念というより若干の不安を秘めている弱さは、物思い、愁い、充足感をも孕んでいる。

 巡礼の悲願、しかし、物心一体、真の行脚は難しい。にも拘わらず、巡礼者はすべてを肯定し敢行を貫く。
 着衣と顔面の距離(離脱)、背景の微妙な青色、これがマグリットの巡礼者への敬意をこめた感想である、と思う。


 写真は『マグリット』展・図録より