
『観念』
スーツにシャツにネクタイ、ただ、それだけで社会人の男性を想起する。見ると首(身体)はなく、頭部の位置にリンゴが一つ浮いており、背景はオレンジ色のベタである。
この不思議で衝撃的な絵も見慣れてくると、《あっ、マグリットね》くらいの感想になり、マグリット=『観念』の作品になり、作家の意図にかかわりなく象徴として鑑賞者の脳に刻まれていく。
要するに経験上つみ重ねた情報処理機能の働きである。
《スーツの中には男性の身体があり、その上には男性の頭部(顔)がある》という固定された意識が働くのである。当然、当たり前、それ以外の答えがないという精神的な思い、表象、概念である。
絶対、決定的な事項・・・それらの習得は時間とともに領域や数量を増殖していく。それらは時代の変遷により、事情が変化していく可能性を秘めているが、基本である人体は決定事項である。
ゆえに着衣の上着の上には顔(頭部)があり、それがリンゴにすり替わっても、リンゴが顔なのである。この絵を見てリンゴをリンゴそのものとして「美味しそう!」と声を上げる者は滅多にいない。『観念』とはそれほどに事物と固く結びついた約束事項なのである。
写真は『マグリット』展・図録より