
対象を見るとき、すでに知っていること(情報の集積)を念頭に入れ、比較する傾向がある。だから、この絵を見て違和感を覚えるのは仕方がないし、そういう風に描いている。
樹の黒いシルエットを、影と言えば《現象》として、その通りだと肯く。
グレイの淡いパイプを、影と言えば《面影》として、その通りだと肯く。
ただこの二つが同時に重なり合うことで問題が提議されるのであり、しかも着地が地面なのか水面なのかに疑惑がある。浮いているのか置かれているのか、根付いているのかの曖昧である。
これら不安定条件に加えて、大小の差異も疑問が残る。樹が小さいのか、パイプが巨大なのかを決めかね、煩雑な印象だけが鑑賞者の脳をかすめていく。
地平線上の光は夕照だろうか、もしそうであれば、小さく落ちている二つの影は方向を違えている。
この絵の対象とすべきモチーフはことごとくミスマッチ、非現実的なのである。
樹やパイプに重量感を感じないように描いているのはなぜだろう。あくまでイメージであって実在としてのイメージを消している。
《こんなものは実在しないのだ》という主張の時空。
実在しないからこそ『影』であって心に浮かんだ『幻』であり、光を遮った後ろにできる影という観念との競合である。
写真は『マグリット』展・図録より