
空中に人(紳士)が点在している。規則正しいように見えるが、微妙に異なっている。しかし混沌としているわけではなくむしろ整然と間隔を空けている。
人物は何か他の物の置換だろうか、例えば空中の元素とか・・・。人物でなくてはならない必然性、やはり人という精神を持った生活者であることに意味があるのかもしれない。
抗議、告発…何らかの主張は時空を埋め尽くしており、他者の通り抜けを許さないような密度である。もちろん模様(デザイン)といった平面性でもない。面が幾層にも重なっている、しかも、すべてが彼と同じ位置に立っての眼差しであり、前後左右のとてつもない複眼を用意しなければこの絵の実視に至らない。
ありえない光景であり鑑賞者はこの絵を前にして空間を整理できない。彼らは浮遊しているわけではなく分散・拡散している、にもかかわらず、同一方向を向いていない。
《同じに見えて違っている》、どうやら同じ人物らしいが、群衆であるのに孤立している。風は吹いておらず、人の存在を脅かすものはない。平和・安穏、空間はわたくしの所有である。
広々とした時空の領域は、一人この紳士に与えられている。
《一人の中のみんな》《みんなの中の一人》
一人の人の持つ空間は自由であり、すべての人は広い時空を与えられているという根源的で当然の権利の示唆、提示であり、男の着衣から推しはかれる相応の生活レベルの約束、それはマグリットの願いである。
写真は『マグリット』展・図録より