『ゴルゴンダ』

 群衆である。個別判断を必要としない大群が空中に点在している。空中であって地上でないところに問題はある。細長い建屋、この建築物でさえ地上に建設されたものなのかは定かでないという異様、奇妙な光景は、もちろん現実ではなく空想の域を出ない。

 彼らはなぜか重さを感じさせない、飛んでいるのではなく浮遊している、あたかも地上に立つ人のような形態で。だから真空状態などということも当たらない。
 彼らは人物としての認識だが、空中の塵、空気中の分子の顕在化とも思える。
 風が吹き荒れても同じような配列で流動していく、動かしがたい組成分子の態である。

 通常、視覚化できない精神の領域に潜む配列はある意味自由である。他を侵さず、自立の距離を保ちながら個々の方向性を持っている。ただ、不思議なのは後ろ向きの姿が見えないことで、これより先の空間は在るが、これより後の空間は推しはかることができない。過去の欠如だろうか、新しい旅立ち、人が並べて同型なのは平等を意味しているのだろうか。

 重力に圧することなく自由で平等な『ゴルゴンダ』という、いわば理想郷に思えるが、作家は否定するかもしれない。「いやいや、そんな…」と謙虚に口をつぐんで。


 写真は『マグリット』展・図録より