
『礼節の教え』
地上の上に鎮座する巨岩石と一本の木。すっくと立った木は微妙に巨岩石に傾いている。今までの岩石は大きいという想像だけでどれほどという基準が図りえない大きさだったが、この岩石はおおよその見当がつく大きさである。もちろん大きさには問題はないが、一本の木(自然)に対峙しうる岩石という意味だから既存に重複する内実を持つものである。
彼らは皆、愚かで鈍く
偶像の教えは、ただ木にすぎない(エレミヤ書)
主なる神はとこしえの岩だからである(イザヤ書)
巨岩石を神として、木を人間としているのかもしれない。木(自然)は敬うべきものであり、人は自然に生かされている。自然の恩恵なしには生きられない。
巨岩石に見る神への信仰もまた人の心を支え大いなる恵みを与えられている。
木が岩に倒壊しても、岩は平然と在るが、岩が倒壊すれば木のダメージは推して図るものがある。〈とこしえの岩は倒れたりしない〉のであれば、この均衡がは不壊である。
『礼節の教え』とは、この関係への永遠の問いであり、答えである。
写真は『マグリット』展・図録より