
『現実の感覚』
長閑な田園風景の上に巨岩石が浮いている、この光景が『現実の感覚』だという。明らかに非現実であって、このような状態を見たことも聞いたこともないのが現実である。しかし、感覚であると、物理的根拠ではなく精神性に焦点を当てている。感覚、精神界における主張である。
この巨岩石が宙に浮く光景、巨岩石は課題だろうか。精神への問いかけ、あるいは重責、あるいは忘れている危機感への警告。確かに人は心に闇を抱えている。
闇に実体はない、故に恐怖心は軽んじられ侮られる傾向にある。闇は茫漠として形を留めず、収縮は状況の変移によって巨大化したり矮小化したりする。
その集約に質的変換を企画すれば《宙に浮く巨岩石》という応えに辿りつくかもしれない。
『現実の感覚』は、見えないものに対する《問いであり、答えである》落下の可能性を孕んだ巨岩石、否、必然というべきかもしれない。
当然、落下すべき重力圏内の現実に、重力を持たない精神界の恐怖(様々な事情)は、常に頭上にあるという確信めく静かなる警告である。
写真は『マグリット』展・図録より