
『青春の泉』
鷲だろうか、鳩だろうか。鳥の頭部が乗っている石碑にはROSEAU(葦)を意味する文字があり、右には一葉の形を模した樹(内実は根)、左には馬の鈴(伝説・口伝・風評・声)が岩石のゴロゴロした荒地の上に在る。空は茜色だが、地平線ではなく上空に行くにしたがって色濃くなっている。
このちぐはぐな関連は、この時空がすでに現今信じている時空ではないということかも知れない。過去となり果てた超未来の景色を想定している。
つまり今在る世界が、遠い未来の果てで石化し解読不明の遺跡になっているということである。
鳥の頭部を鳩として見れば、オリーブの葉を持ってきた鳩、大家族の始まりであり、刻まれたROSEAUは〈人間は考える葦である〉といった知の始まりである。
一葉の葉の樹形は不条理の要約であり、馬の鈴(口伝)は、歴史そのものかもしれない。
空の茜がはるか上空であるのは、逆さを暗示し、今の地球そのものが過去の範疇に収められていることの暗示ではないか。すべてが転倒していても、人間の叡智だけは《永遠不滅》であると《石》が語っている、語らせている。
すべてを永遠の彼方に葬り、墓標と化している。しかし、消滅し得ないものとしてこの三体をわが地球の『青春の泉』としたのではないか。
『青春の泉』、根源であり永続を暗示しつつも、決して永遠ではなく墓標となり果てる日の残存である。大いなる否定の後の強い肯定(意思)である。
写真は『マグリット』展・図録より