
『美しい言葉』
一輪の薔薇、その上に同じ薔薇が蒸気のような形で描かれている。薔薇から発した蒸気(香気)だろうか、膨張している。そのうえには二十六日あたりの月が南中して描かれている。二十六日あたりの月の南中は日中で霞んで見えるが、はっきりと描かれている。つまり、在ることは在るが、くっきりとは見えず疑わしい図なのである。
地平線は霞んで不明確であり、ここがどこなのか明確に把握できるものがなく、唐突にバラが一輪あるのみである。
美しいバラは確かに美しい、事実である。
しかし、美しい薔薇の複製たる蒸気めいたものは、事実ではない。
言葉の本質は伝達であるが、必ずしも正確無比というわけではない。装飾華美な言葉は人を酔わせるが、むしろ本質を隠蔽し見えなくすることが多々あるのではないか。言葉には美を装って、虚偽を真実にすり替える術がある。
写真は『マグリット』展・図録より