
『記憶』
ギリシャ彫刻の彫像(頭部)、鮮血を描きこんだ石膏像(白)はテーブル(板状)の上にあり、傍らに真紅の薔薇、他方に馬の鈴(口伝)がある。これらは海上にあるのだろうか、背後は海であり、空は嵐を呼ぶような曇天、しかしその上には白い雲が見えないでもないという景である。
記憶とは、過去の経験や情報を忘れないで覚えていることであり、ここに未来はない。過去の情報の集積、石膏像(無機物)が鮮血(有機物)を流すという不条理。受け入れがたい設定は印象による選択である。
薔薇(精神)、馬の鈴(伝説・噂などの流布)は彼女を傷つけたのかもしれないという仮定であり、決定ではない。
この曖昧な重い空気感の重圧は現世の海を漂流している、消えることのない記憶は遥かな海上を彷徨っているに違いないという想定であり、マグリットの確信めく吐露である。
自殺したという母の魂(霊魂)は未だこの世のどこかに漂流しているのではないか、鎮魂の熱い想いである。主観であるが、差し出した一輪のバラにみる愛情は不変であり、客観的視野に基づくものである。
写真は『マグリット展』図録より