『不思議の国のアリス』

 この画がどうして『不思議の国のアリス』なのか、アリスは不在である。
 擬人化された樹、眼があり鼻があり…当然その下には大きく開く口があるに違いない。確かにアリスは樹の根元の穴から不思議の国へと遊離している。
 現実から非現実へと樹を媒体に通り抜けている。

 逆もあるだろうか。
 つまり、非現実から誘いこまれる現実である。
 ここに描かれた景にリアルはなく、雲も樹も他のものに置換されている。洋ナシに変貌した雲は擬人化された樹を誘い込んでいる。大地に根を下ろした樹は、大地と深く結びついているのだから空中へは浮遊できない。
 難題を吹きかける意地の悪い笑いの洋ナシ(雲)は元来、樹の産物であれば、落下を余儀なくされるだけであるから、ある意味、逆襲の構図である。

『不思議の国のアリス』、当然あるべき姿の変容、質的転換、擬人化の妙、すべてが既成の概念から外れている。
 異世界(不条理)と言えば総てが肯定される空想界。
 マグリットは、現実と非現実との境界線を曖昧に行き来し、もう一つの世界を描いているが、その答えが『不思議の国のアリス』にあると感じている。ゆえにアリス不在の『不思議の国のアリス』を提示、差し出しているのだと思う。現実と非現実の不透明な行き来の中に主張を隠している。


 写真は『マグリット展』図録より