
『人間嫌いたち』
聳え立つカーテン(遮蔽)、数多のカーテンの片側(左右)がそれぞれ一を違えて林立している。つまり、全く閉じられておらす、隙間は縫うように自由な通り抜けの空間がある。
しかし屋内にあるべきカーテンは、はるかに続く平原(屋外)にあり、しかも左端には樹がカーテンに紛れているのが見える。カーテンは樹であり、樹はカーテンと化している。空は曇天、光源(光)は左上方、真昼である。
にもかかわらず、この暗さ。
『人間嫌いたち』というからには、人間を嫌う人たちの比喩なのか・・・。少なくともカーテン(遮蔽)は人間ではなく、人間嫌いの人たちの心理の具象化である。
思い切り高くまでの遮蔽(しかし天までにはさらに巨きな空間がある)、ずっと遠くまで絶え間なく林立するカーテン(しかし左右すべては被えない)。
つまり、どんなに嫌うことで覆いつくしたように思っても、限界があるということであり、隙間だらけである。
外部を覗くことができる隙間であるが、覗かれる隙間でもある。
『人間嫌い』は、世間を隔絶できず、世間からも解放されることはない。
写真は『マグリット』展・図録より