
星座、人々の申し合わせの中でのみ成立し、存在すると信じられている架空のものであり、有るが、無いものである。
夜空を見るに、便利かつ夢想の世界に浸れるツールでもある。言葉、観念としての媒介は、天空界への共通の手がかりとして多くの人が肯定している。しかし、だれもそれを本当に信じている人はいない。信じていないが信じているのである。
『星座』、この作品に星座なるものは見えない、第一雲に被われた空は真昼の態である。《存在するが、無いのである》見えないことは無いことに等しい。
星(宇宙)は存在するが、星座(空想)は存在しないから二重の意味で昼の空には星座は見えない。
見えないものを有るとする星座(物語の時空)。ならば、黄色がかった海も一葉よりはるかに小さい小山も巨大な葉っぱの樹も支えを隠した緞帳も、「大家族」の象徴としてのオリーブや番の鳩も・・・全てあり得るに違いない、という逆説も通用するはずである。
『星座』はこの画の中に確かに見えている。
写真は『マグリット』展・図録より