自由の入口。しかし、扉や窓などの開口はなく、四方は閉ざされている。入口に立ちはだかる難問だろうか。
 フラットな天井と床面、壁には8枚の作品が任意というように設置されている。どれを強調するというのではなく個々の主張を同列に置き、ぶつかり合うことで意味を霧消している感さえある。

 それぞれはマグリット作品のパーツであり、暗喩を含ませたものである。それらの集合はマグリット自身の総意である。
 マグリットの部屋、偽空間、世界・・・それらを手前に置いた砲台から砲丸を発射させ、それら世界を突き破ることで自由になれるという。
 要するに自身を消滅させた向こう側に《自由》がある、という。

 自身の作品群は自身を束縛、拘束しているのではないか。これら身を削って出した答えである作品群が、自身を包囲している。この呪縛から解放されること。
 作品は自身であり、責任がある。この重責からの解放・・・。
《成し得た証の作品への愛着》、この作品『自由の入口で』は大いなる肯定である。
 しかし、マグリットは心の中に爆破を由とする砲台を用意している。依頼された作品はマグリットのギャラリーであることも間違いない。

 写真は『マグリット』展・図録より