
球体の上の彼に近づくことは永遠にできない。なぜなら、それが絶対的な前提だからである。
彼は常に落下の危機を孕む状態にいるが、こちらのわたくし(マグリット)は室内にいるからその危機はない。というのは、思い込みにすぎない。わたくしが彼であるからで、この関係が認識の根拠である。
認識とは常に対象に対する見極めであるが、五感を最大限に生かしても完全な把握には届かない。総合的な経験値、情報の過多を誇っても誤差は免れず、曖昧さが残る。曖昧さを肯定するのは自身の客観的見方によるもので、否定は認識の第一条件である。
内なるわたくし(マグリット)と、外なる彼(マグリット)が主観と客観であるならば、一致の傾向はあっても、見える景色には空間的にも時間的にも差異があることを認めないわけにはいかない。
自身を分解することで証明した『終わりなき認識』である。
写真は『マグリット』展・図録より