
『終わりなき認識』
作品は窓外の景である。開口から覗いた景色は草木も生えない非常に高い連峰であり、その中空に球体が浮いている。そしてその上に人が直立し、こちらを見ている。
つまり、主観と客観である。
球体に乗った男には滑り落ちる危険が常に付きまとう。球体はいわば答えである。足下の答えは見ることができないが、確かに男は正解(真理)の上に立っている。人は普遍の真理に存在する生き物であり、虚構の世界には住めない。
しかしこの球体は主体が見た想像上の答えであり、つかみどころも実態も把握の限りではない。世界を一個の球体と認識すれば問いは簡単に解けるが、その球体が永遠に届かないほどの距離にあれば正しく見極める手立てに欠ける。
あらゆる情報を検討し、積み重ねて、結論に至ろうとする。見ようとすればするほど世界は微細に躍動し、その詳細はデータ化を遮ってしまう。
主体(作家/マグリット)は、客観を傍観する。地上に降りることのない宇宙の根本原理は無限の彼方に浮遊している。
認識、ものごとをはっきり見分け、その意義を正しく理解すること。またそのような心の働き。認識の本質への究明に決定的な結論、正解に辿りつくのは確かに困難であることの証明、その図式である。
写真は『マグリット』展・図録より