『永遠の明証』

 永遠、絶対、普遍の明証であるという。作品は裸婦を五つに分解、それぞれをフレームに収め順次人の形に位置させて掲げている。
 まるでカードを正しく並べたような仕上がりであり、肉体の要素を欠落させている。触ったり、抱いたりという行為も無為である。
 裸婦でありながら肉感を感じず、冷めた標本のようでもある。切断された時点で精神的な要素は失われ、物と化している。乳房や恥部はありありと見え、曝されている。
《これが女体であり、人間である》と正面切って告白しているが、(恥ずかしいという感情)が希薄である。恥毛が描かれているので猥雑という観点は明白であるのに、どこか隔たりがある。

『永遠の明証』、女体である、母である。母以外の人から生まれた人間は皆無である。聖なる明証、この裸婦こそが命の根源であり、他にない。
 人は切り離されたものをつなぐ、切り離された時空は、そう見えるだけであって見えるものの切断は常に修復されて脳に刻まれる、それが『永遠の明証』である。


 写真は『マグリット』展・図録より