
本来の意味、もともと、元来・・・意味に本来などということあるだろうか。言葉には起源や成り立ち、衆目の一致する意味・内容があるが、意味そのものは感覚である。
意味不明などという時の意味はその感覚(概念)が伝わらないことであって、(対象/言葉ありき)が前提である。
意味というのは付随の媒体、対象の意図を感じうるための仲介的存在ではないか。
だから、『本来の意味』への困惑を隠せない。
作品は、黒枠と黒く太い対角線がそれぞれを区切っている。分割しているが、単に否定としての✖とも思えるのである。暗緑色のベタ、空を想起させるブルー、人智の原初としての煉瓦、そして白地の中の文字。距離を置いてみると、この白地の部分だけが浮いて見えるに違いない。
文字はCorps de femme(女の身体)、だから何?という感じで意味そのものは不明である。
『本来の意味』とは、意味そのものは存在せず、世界の存在物はただありのままに存在するだけである。ただ、人との関係性から『意味』が生じるにすぎない。意味は多くを孕むが、多くを隠蔽しており、認識がそれ(意味)を浮上させている。
写真は『マグリット』展・図録より