
同じ画面の連鎖、切り取られた刹那ではあるが、ここには時間の流れがある。平凡な日常の室内、家というごく個人的な世界の景である。
連続を不連続にしているのは新聞を読む男であるが、もちろん、その事実に気づいている風ではなく、これを描いた息子デュシャンの認識に他ならない。
花があり壁には絵(写真)がある。脇にある黒い物はよく分からないが、空調設備の類だと思う。クロスで被われた丸テーブルや藤製の丸椅子、これが仕事用の机であるはずもなく、間違いなく家庭内の設えである。
ただ惜しむらくは、このコーナーが団欒を意味していないことである。三人の息子たちが座る椅子がない、居場所がない息子の眼差しである。
家庭に居ながら関心は常に外(新聞記事)にあり、息子を見ない父親、不在が多く、在宅であってもこの通りの様子に、反発するわけでもなく肯定的に過ごした月日を回想したのだと思う。
家(家庭)は、それぞれ似ているように思いがちだけれど、それぞれ異なる物語を秘めている。マグリットの父に対する証言である。
写真は『マグリット』展・図録より