
『新聞を読む男』
新聞を読む男がメインである。四つに仕切られた画面の左上にだけその男が確認されるが、後の三つの画面には男の姿はない。この意味は何か。
存在と不在、出現と消失。男には定位置があるらしい、四分の一の存在、存在感は希薄である。左上に描かれている印象はいかにも浮いており、不在の領域の広さに圧倒されている。
マグリットの父ではないか、多忙をきわめ留守がちだった記憶の断片。父の肖像は空白の時間の狭間に垣間見えたものだったのかもしれない。
父への敬意と親子としての距離間を厳密に描くならば、こうするしかなかったのだと解する。在宅であっても関心は他所(新聞)へ向いている。寂寥感と、確かに父はいるのだという奇妙な確信の交錯。
いわく言い難い関係である。
写真は『マグリット』展・図録より