人型に切り抜いた紙状のものである、それが地上に立っている。雨・風・嵐に耐えることは難しいし、立ち姿でいることさえ奇跡である。しかも下り坂であり、片方の足先は地面にめり込んでいる。

 肉体を失っている。本当の自分自身を隠して一枚の薄い紙に変身している、どこから見ても隙間だらけで観客は彼の一挙一動も見逃さない。逃げ場がないのである。身体を頭のてっぺんから足の先まで曝して観客の笑いに応えねばならない。

『喜劇の精神』には哀愁が漂うが、その哀愁は笑いと活力に変換される。
 観客は傍観者だが、喜劇役者はそれを俯瞰する。観客に緊張は不要だが、喜劇の精神には猶予のない緊張が肉体を操作する。ゆえに本当の肉体は隠蔽し、観客の眼差しで穴だらけ(傷ついた)になった薄い紙状のものに精神を変換するのである。
 断じて軽薄ではないが、軽薄に見せることが『喜劇の精神』である。


 写真は『マグリット』展・図録より