非現実的な花である。山の形・質感も朦朧としていたり、硬質で滑降の勾配であり光沢があるという奇妙な非自然体である。
 どこにもない景色、見たことのない時空に咲く花の正体は比喩的に馬の鈴に置換されている。
 喜怒哀楽の様相に結びつくものはないが、馬の鈴の集合体はざわめく音量を潜ませている。馬の鈴は人の口を比喩的に表し、その集合は大きな威力に変貌していく。
 噂、陰口、陰謀の暗躍。少なくとも明るく陽気な世界ではなく、《陰》の時空である。

 棘を隠した肉眼では不可視のウィルス、存在は明らかなのに姿を見せず、死に至らしめるほどの攻撃力を孕んだX。
 マグリットは母を死に誘った根源の究明を計ったのではないか。この得体の知れない心の奥に棲む邪悪、決して正体を曝さないものへの静かなる怒りが『深淵の花』である。


 写真は『マグリット』展・図録より